『改良』遠野遥著

 ※ネタバレあり。

 第56回文藝賞受賞作。

 読み始めた時は、性的マイノリティの話やジェンダー論なのかと思ったが、読後にはそうした印象は完全に消え去った。
 確かにそうした舞台は用意されている。しかしその根底には作品を貫くテーマ「美の追求」というものがある。
 美しさを求めるのは、老若男女問わないテーマだ。普遍的と言っても良いだろう。だからこの作品は性の話を抜きにしても面白いのである。
 筆者は、主人公の行動を見て「ああ、昔は美に執着していたな」と懐かしさを覚えた。
 では「美」とはなんだろう? 正体不明であったり、主観的なものではないだろうか。少なくとも、普遍的な美が存在する訳ではない。
「文藝2019年 冬号」の著者の対談に書いてあるが、磯崎憲一郎は本作を「物事を型にはめて単純化しようとする圧力や凡庸さとの戦いの記録」と評している。
 美はまさに「物事の型にはまらない、単純化もできないもの」と言えるだろう。
 磯崎憲一郎は著者の「世界のありようを疑う」ような文章の方に「単純化との戦い」を見出しているが、いずれにせよ、わたくしが本書に見出したテーマとそれほど大差ない読み方をしていたのだと思う。

 それにしても、この小説の主人公のような人間が本当に存在するのだろうか?
 おそらく、存在しないだろう。
 また、他の登場人物、バヤシコやつくね、終盤に出てくる強姦魔のような人間も存在しないだろう。
 これは決して悪い意味ではない。
 今村夏子の『こちらあみ子』も、存在しない発達障害児(何らかの発達障害だとは思うが、現実には絶対に存在しない)を描いている。
 古くはドン・キホーテなんかもそうだ。
 主人公にインパクトのある名前がないのが少々残念に思う。「あみ子のような」「ドン・キホーテのような」という表現を自分の中で利用しにくいからだ。
 そう思ってしまうほど、性的マイノリティを利用して特徴的な人物を描いている。
 こういう部分を次作などでも読んでみたい。

 主人公に違和感を抱くのは、小学生の時にオーラルセックスを求められて応じてしまうところでまず感じた。
 バヤシコはそれを小学生のくせに求めている点。
 つくねはガールズバンドのボーカル&ドラマーを務めているのに、メイクを全くしないところ。
 終盤に出てくる強姦魔は異常な性欲と攻撃性を露わにしている部分など。
 それでも違和感は全くない。
 自分は「遠い小説」(海外文学であったり、時代背景が違う文学であったり、幻想小説であったり)が好きだが、同じくそういう作品が好きな人には特にオススメである。

 人によると思うのだが、笑えるところも多い。
 主人公はずっと女装した自分を「女に見える」「美しい」と思い込んでいる。
 以下、引用。

・今では意識しなくても自然と自分の姿に合った振舞いができるようになり、すっかり自信がついた。明るいうちから堂々と街中を歩けるようになっていたし、より多くの人に自分の姿を見てほしいと思うようになっていた。一方で私は、私の美しさを認めてくれる人間が誰もいないことに、不満を感じつつあった。
・本当にかわいいものに接したときには、案外かわいいとは言わないのだろうか。
・噂に聞くナンパに違いなかった。……中略……カオリは何も言わなかったが、やはり私はきれいだったのだ。少なくとも、このくらいの男に声をかけてもらえる程度には。

 読んでいてずっと「おいおい、嘘だろ?」と思っていたが、強姦魔に言われるのである。

・ちゃんと見るとめっちゃブスだけどな。

 と。伏線が敷かれているだけに、思わず笑ってしまった。
 クライマックスの強姦魔もまた面白い。異常者である。
 男と分かっても、男で良いやという。強姦する相手にオーラルセックスを求める(噛まれるに決まってるだろう!)。噛まれてもなお、性器を勃起させている(どれだけの性欲だよ!)。
 主人公がこの強姦魔に徹底的に苦しめられるのが痛々しくもあるが、見方を変えれば笑えもする。
 他にも、デリヘルの店長にクレームの電話を入れるシーンなど笑えるシーンが多い。

 あと、個人的には、自分がコールセンターで働いていたので、職場での場面にはリアリティを感じた。何言っているか分からない人からの電話はコールセンターあるあるだと思う。
 また、コールセンターに向かない人の特徴が描かれているところにも概ね同意である。

・客の話をいかにも親身になって聞いていた人間に限って、何かの拍子に対応を間違えたり、仕事中に泣き出したり、すぐにやめていったりした。

 自分の経験上、その通りだなと感じる。感情を使う仕事だから、元々感情の動かない人の方が丁度良いのだろう。

 最後、主人公は一種悟りの境地のような心境に達して物語は終わる。

・つくねは、私の姿を見て何と言うだろうか。間違っても、きれいだとは言わないだろう。しかし、それも今となっては大した問題ではなかった。

 いわゆる、主人公の変化である。
 この文章があるからこそ、読後のカタルシスが生まれる。

 一読を積極的に勧めたい一冊。
 傑作である。

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