『工学的ストーリー創作入門』ラリー・ブルックス著 小説の登場人物創作について

 前回の「ストーリー構成作成」の続きで、今回は「登場人物創作方法」の話。
 自分は登場人物作成が本当に苦手で、リアリティある人物を作れなくて機械的になってしまうし、作った登場人物に親近感抱けないし、会話文はどの登場人物も似たり寄ったりになるし(これについては、また記事にする必要あり)、と散々なありさま。
 ところが、この本の登場人物創作方法を読んで、「そうすれば良かったのか!」と。

 一般的に小説の書き方本で、登場人物の創作ってどのようにアドバイスされているか? 良書として有名な『ベストセラー小説の書き方』をちょっと見てみる。

アドバイス1 アクションを通して性格描写を:
「彼は~~の性格だった」のような説明ではなくて行動描写で性格を描写しろということで、これは分かる。『工学的ストーリー創作入門』でも書かれていることで納得。

アドバイス2 登場人物のすべてを知り尽くせ:
 いやいや、これが難しいのだ。アドバイスも「想像力を駆使することによって」等と抽象的なことしか書かれていない。

アドバイス3 登場人物の「身上調査書」づくりを:
 身体的特徴、動作や仕草、過去の生活、特殊技能等を埋めていく作業で、これが大事なのは分かるけれども、それだけじゃフランケンシュタインのようなツギハギの人物ができてしまうから困ってるのだ!
 ちなみに『工学的ストーリー創作入門』でもこうした身上調査書のようなものは作るべきとしている。
 が、それ以上のことが本書には書かれている。

 批評なんかで「登場人物にリアリティがない」という批判、また、それに類似する批判、「奥行きがない」「平面的」など目にすると思う。
 この解決方法が本書に説かれていて、これに感心した。

 その方法は「登場人物を三次元で捉える」というもの。

第一次元:「表面的な特徴、癖、習慣」
第二次元:「バックストーリーと内面の悪魔」
第三次元:「行動、態度、世界観」

 もう少し詳しく説明。
 第一次元は「人物の外側の風景」。以下引用。

周囲の人々が何を見てどう受け取り、逆に、何が見えていないか。周囲の認識は本人の意図と全く合わない時もある。もし、中年太りの四十八歳の男がマッチョなスポーツブランドの野球帽を斜めにかぶっていたら、その外見だけでも多くが伝わる。人が受ける印象と、本人の思いはおそらく違うだろう p76」

 とにかく第一次元は、他人から見える姿。
 清川和博はピアスつけて入れ墨入れててガタイも良くてヤクザみたいで怖そう。そうした次元。一般的なイメージ。
(実名あれなんで一応名前変えてます)
 しかし、それだけでは清川和博のもっと深いところは見えてこない。
 その深い部分が、第二次元の「バックストーリーと内面の悪魔」。

「第二の次元は「第一の次元がそう見える理由」を明かす p80」
 たとえば、清川和博が怖そうにするのは、本当は自分が弱いことを知っていて、弱いことを悟られたくないからだ、プロ野球チーム巨腎からドラフト指名されなかったことが本当に悔しくて、「巨腎軍は紳士たれ」とは別の生き方をしたかったからだ、というように


「経歴や心の傷、記憶、いまだに根に持つ挫折の体験、恐れ、習慣、弱点、外見を取り繕う理由……これらはみな第二の次元にある。 p81」

 では第三の次元の「行動、態度、世界観」。以下引用。

人物の真の姿は「第三の次元」にある。ピンチに陥った時、必要に迫られた時、人物はどの顔を見せるだろうか。第一の次元で取り繕うか、第二の次元の負け犬の顔か、あるいは全く別の顔だろうか。
第三の次元の「全く別な顔」を見せた時、人物は「アーク(変身)」したことになる。内面の悪魔を克服し、過去のパターンを破る選択や決断をする。単に吹っ切れただけかもしれないが、その別人のような姿こそ真の人物像だ。

 わりと第一次元と第二次元までは創作の際に思い浮かぶと思う。
 第三の次元には、自分はこの本読んだ時に衝撃を受けた。
 人物は変化(アーク)させろ、とこの本でも他の本でも言われているが、いきなり変化(アーク)してもオカシイ。「ピンチに陥って、新しい顔を見せた時」が、その人物にとっての変化。そして、そこまで描くことが人物に深みを与えることなんだな、と。

 
わりかし変化なんてないようなイメージのある純文学でも、きちんと変化のようなものは描かれている。前に書いた『こちらあみ子』『改良』でもピンチのあとの変化が描かれている。
 終盤に、アホなあみ子がキリッとして同級生を問いただす姿があって、「ああ、ただのアホじゃないんだ、あみ子は」って感動してしまう。基本的にはあみ子は変わってないのかもしれないけれども、あの変化の場面がなければ、感動は薄れれていたと思う。

 清川和博の例を挙げると……
 その後、清川和博は肉体改造の代償なのか、膝を怪我してプロ野球選手として再起できるか不安だった。その大ピンチの時に、悪い知人から覚せい剤を勧められて、悩んだ挙げ句に手を染めてしまってやめられなくなってしまって、悪の世界に染まった。ピンチの時、彼はプロ野球選手として内面の悪を克服できず、悪い道を選んだのだ。(清○和博の変化の順覚えてないけど、フィクションとして流れあるように捉えてください)
 
これが第三次元。

 本書では、元アメリカ大統領のビル・クリントンを第三次元の例に挙げているが、この第一~第三次元というのは、実在の人物でも、映画の登場人物でも小説の登場人物でも、どれでも探せば沢山見つかるものだな、とこの記事を書いていて思った(清○和博は好きです)。

 身上調査書に加えて、この三つの次元を意識して登場人物を作ると奥行きある人物ができるんだな、とこの本参考に人物作成していても実感できている。

 この三つの次元での登場人物作成方法、あとがきで翻訳者も「私が個人的に驚いたのは人物作りのノウハウです」と述べている。完全に同感。読めばもっと詳しく書いてあるので是非。

前回記事
『工学的ストーリー創作入門』ラリー・ブルックス著 小説のストーリー構成作成について

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