Twitterが面白い。
やっていると「承認欲求」という言葉をよく見かける。
「承認欲求満たしたいだけ」などのように悪い意味で使われる。
おそらくマズローの欲求五段階説の用語から来ているのに、使われ方がこうも悪い方向に変わるとは人間って都合が良いなと感じる。アスペも医学的な意味から離れて使われるようになった。
Twitterでの承認欲求は、人から認められるために「自慢ばかりする」「自分の話ばかりする」「イイネをつけてもらえるよう、狙ったツイートをする」などといった意味だろうか。
嫌悪感を抱かれるのは「自己中心的」だからだろう。
しかし飛び降り王子は「別に良いじゃないか」と思う。
「謙虚」が美徳とされる日本だが、王子は「受け入れること」が美徳だと思っている。多様性を重視しているのだ。自己中心的な人間が一定数いることで世の中は成り立っている。
王子もまた自己中心的な人間だと思っている。
敢えて自分に関することばかり喋る時もある(もちろん、相手や場は選ぶが)。話題として(自分が)楽しくて気持ちも良いからだ。
それで嫌われようが、正直あまり気にしない。
どうであっても受け入れてくれる人間が一定数いると十二分に知っているのだから。
昔、王子は「自分のことばかり喋ってないかな?」と過剰に気にして上手く喋れなくなった経緯がある。そうして無口になったり、話題を気にしたりするくらいなら、堂々と自分語りをした方がましなのだと経験で学んだ。
思春期の頃は、母が親戚の集まりでも話題を自分のことに持っていくのを見て「恥ずかしいから本当に止めてくれ」と思っていた。今では「いい大人なんだから話題なんて当人同士で何とかするものだろう」と思っている。
とある有名男性アイドルが友人の友人で、どういう性格か聞くと「自分のことしか喋らない」と教えてもらった。今は知らないが、それで成功しているんだから自己中心的なことは悪いことばかりではない。
さて、飛び降りた時、母が朝一の特急で実家から駆けつけてきた。
飛び降りる前、電話で母と喧嘩していたのだが、顔を合わせた時の第一声が忘れられない。
「私のせい!?」
「違うよ」
「ほっ、良かった」
何と母は人目はばからず安堵のため息をついたのだ。息子の心配よりも先に、である。
「ああ、この人は息子より自分のことが大事なんだな」とずっと昔から思っていたことを再確認する出来事だった。こういう母だから職場でも人間関係が上手くいかない。職場でぼっちで昼食を摂っていると聞いた時は、何とも言えない情けない気持ちになった。
当然、王子と母の関係も不仲である。
繰り返すが、王子は多様性を大事にしている。
が、母の悪意なき自己中心さだけはどうしても許せないことが多いのだ。
人との関係性で信念や態度を変えるなんて、王子もまた非常に自己中心的ではないか。人間って都合が良いなと感じて、また自分を改めなければ、と何度も繰り返すのである。


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