※ネタバレあり。
今村夏子の芥川賞受賞作。
むらさきのスカートの女とは、スカートの中の女だ。
スカートの中のようにその本性を見せることがない。
著者はどのような意味を込めて「スカート」と書いたのだろう?
「信頼できない語り手」の手法を使い、コメディからホラーへと話を転換させるマジックのような小説。
初めは「むらさきのスカートの女」と友だちになりたがっている語り手「黄色いカーディガンの女」がむらさきのスカートの女を観察し、知り合いの誰に似ているだとかを考えている。
ストーカーである。
職に困っている様子のむらさきのスカートの女のために、彼女専用シートに求人情報誌を置くまでするという本格的なストーカー。
それでも何度も面接に落ちるむらさきのスカートの女。
その理由は不潔だからだと理解した語り手は、彼女の家のドアノブにシャンプーの試供品をかける。
その甲斐があり、むらさきのスカートの女は面接に合格する。
ベッドメイキングの仕事である。なんと語り手と同じ職場。
まだこの辺りまでは笑うことができるが……。
同じ職場なのに、二人は全く会話がないのである。
隠しきれない違和感……。
同じバスの中で車体が大きく揺れて、語り手が思わずむらさきのスカートの女の鼻をつまんでしまった時ですら会話がない。
異様な光景である……。
むらさきのスカートの女はその後、所長と交際を始める。
デートを追跡するために、彼女らの入った居酒屋に堂々と入るのである。
その上、会計をせずに出るという異常事態……。
この辺りではもはや完全にホラーである。
クライマックスと思われる場面はこうだ。
むらさきのスカートの女と所長が喧嘩する。
むらさきのスカートの女が所長の股間を蹴り上げ平手打ちした際、ダメージを受けた所長は外階段の手すりを掴んだが、サビた手すりは折れ、所長は地面に落ちる。
死んでいる。
ここで黄色いカーディガンの女の出番である。
彼女は冷静に、むらさきのスカートの女が逃亡するための手順を細かく伝える。この初めての二人の会話で、黄色いカーディガンの女が「権藤チーフ」なのだと判明する。しかし語り手は「権藤チーフ」ではなく、あくまで「黄色いカーディガンの女」であると主張する。
この主張には、ラストに向けてどのような意味があるのだろう?
約束した場所にむらさきのスカートの女はおらず、話は日常に戻るのだが、その日常は今までと全く違っている。
まず、所長は生きていた。
リハビリ専門病人に入院していた。
また、むらさきのスカートの女は所長と交際していたのではなく、所長のストーカーであった。
どういうことなのか?
語り手の権藤チーフは家賃を払えなくて家を追い出されたという。そのため、所長に昇給を要求している。拒む所長を「五十嵐レイナのパンツ盗んだこと誰にも言いませんから」と脅して要求を飲ませる。
家賃を払えないのも、五十嵐レイナのパンツを盗んだのを知ってるのも、むらさきのスカートの女を想像させるものだ。
そして最後。
公園のベンチに座っている語り手は、子どもに肩をポンと叩かれる。
子どもがむらさきのスカートの女をからかうために行っていたお遊びで小説は終わるのである。
果たして、むらさきのスカートの女=黄色いカーディガンの女、だったのだろうか? それは謎のままだろう。
黄色いカーディガンの女がある女性を見て妄想を膨らませた小説なのではないか、と筆者は感じた。
著者の『こちらあみ子』もオススメである。

最近のコメント