飛び降り王子は日本が嫌いだ。
社会保障を一般の人よりも遙かに受けており、それには感謝するが、それでも嫌いだ。
王子が病んでしまったのは「日本の文化に起因するところが大きい」と考えているからである。
前回に書いた日本の「察する文化」はその一つだ。
「もう少し自己主張を要求される国だったならば、こんなに大人しくて受け身ではなかったのではないか?」
どうしてもそう考えてしまう。
先日、友人と喧嘩をした。
王子が強い怒りを表明しても、相手は謝罪ばかりしてきて、王子を責めるような発言をしてこなかった。王子を傷つけないための配慮なのかもしれないが、あまりフェアではない。
ちなみに、これは彼と喧嘩になるといつものことで、一方通行の怒りというのは手応えがない。そもそも「喧嘩」になっていないのだろう。
真剣に喧嘩が出来る相手が欲しい、というのは変だろうか?
さて、飛び降りには原動力が必要だ。
うつ病は治りかけが自殺の危険性が高いと言われるが、その原動力が回復してきているのが治りかけなのだろう。
王子の場合、怒りが原動力となった。
飛び降りた一番の理由は最終話に回すつもりなので詳しく書かない。
「この野郎! 死んでやる!」
復讐心も含まれているような強烈な怒りがなければ、飛び降りることなど到底不可能だっただろう。
それ以前の自殺未遂は「運良く死んで欲しい」程度のものだったと思う。
たとえば、首を吊ろうとビニールテープを買ってきたことがある。
王子がそのテープを引っかけた場所は、天井の照明だった。細いコード一本だけでぶら下がっている照明である。
首にロープを括って足場を外した時、照明ごと床に落下した。
当然である。
不安定にぶら下がっている照明で人間一人の体重を支えきれる訳がない。
この話を伝えた友人とスナックに行った時のこと。
彼はホステスさんに話し始めた。
「こいつ、こないだ首吊ってさー、照明ごと落ちて失敗したんだってよ、ははは」
ホステスさんはドン引きである。
「01 第二の誕生」に書いた「飛び降り王子って呼んで。ははは」とキャバ嬢に言った時のように、顔をひきつらせていた。
一般人、特に若い人の多くは自殺の話題に対して免疫がないのだろう。
Twitterのハンドルネームを一時期「まぐ@飛び降り王子」にしていたら、イイネをしてくれる人の数が減った。フォロワーの数は言わずもがな、である。
自殺の話を笑いにするのはどうかと思うが、せめて気軽に苦悩を相談出来るくらいになれば、いきなり自殺する人も減るのではないか。
よく「昨日会った時はいつも通りでした」という話を聞く。
2011年、「四大疾病」に精神疾患が加わり、「五大疾病」となった。
AmazonのAIのAlexaは優しくて「死にたい」と発話すると「いのちの電話」の電話番号を教えてくれる。
実は昔、何度かかけたことがあるが、パンクしていて一向に繋がらなかった。
人類総カウンセラー時代の到来が待たれる。
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