11 背伸び

 箸を使って食事する。
 健康な日本人ならば何も意識しなくとも行える行為である。
 こうした無意識下の動作こそが、人間の屋台骨を支えるものなのだとつくづく思わされる。

 車を運転する時に何も意識しない。そのおかげで、別のことを考えながら移動時間を過ごせる。

 一方、運転慣れてしていない人はそうはいかない。
 運転のことで頭が一杯になって他のことを考える余裕なんてないだろう。

 つまり、意識的な行動は疲れるのだ。
 だからこそ、意識しないで出来る動作が「人間の屋台骨を支える」ものだと思うのである。

 仕事でも業務を二つに分ければ良いと耳にしたことがある。
 一つは、ルーチンワーク。
 たとえば、飛び降り王子が働いていたコールセンターなら「社内のEメール確認」。まず、それぞれ必要なものかどうかを判断して、必要ならフォルダに振り分けるという頭を使わない気楽な作業。

 もう一つが、頭を総動員させる業務。
 コールセンターでは決まりきった案件も多いが、突然、知識不十分な内容の問い合わせも来る(社内ではそれが当たり前で、電話対応しながら調べることが推奨されている)。そうした場合は社内チャットで立場ある人に質問しながら、客には「調べます」と断って保留にする。自分でも問い合わせ内容が書いてあるページを必死に探す。電話対応の長さは評価の指標の一つになるため、悠長には構えていられない。
 疲れた対応の後には、自主的なトイレ休憩等が認められている。
 意識する・しない、の切り替えが仕事でも日々の生活でも大切なのだろう。

 そこで王子の場合。
 階段を上るのと降りるの、どちらが退院当初辛かったと思うだろう?

 圧倒的に降りる方である。
 何故か? 人間の足裏の筋肉はつま先から衰えていく。上る時は踵から地面に付くから問題はないが、降りる時はつま先から付く。筋肉がなくなっているつま先では体重を支えることが出来ず、地に付いた瞬間、カクンと踵が落ちるのだ。ない筋肉を使うのは疲れるのである。

 調べたところ、つま先とふくらはぎの筋肉は連動しているという。
 道理で。
 退院して「ふくらはぎの筋肉がなくなった」。
 大袈裟ではない。今まで筋肉質だったのにヒョロヒョロになったのだ。転んで骨折するのが年寄りには致命傷というのがよく分かる。

 背伸びをすればふくらはぎも鍛えられるというが、踵を上げることが全く出来なかった。壁などに頼りながら背伸びをしたり、踏み台昇降をしたりして鍛えた。それでようやく一気に踵を上げてキープすることは出来るようになった。だが、踵を徐々に上げていく通常の背伸びが未だに出来ない。

 人より歩くのが遅いから、道でも歩く速度をどうしても気にしてしまう。
 障害認定されない軽微な問題だとしても、屋台骨の幾つかを喪失したのだと思っている。道を歩くという当たり前の動作ですら意識してしまうのだ。
 等身大の自分を受け入れられていない。
 それこそ背伸びして己の強さを見せつけてみたいものである。

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