沙羅に敵意を剥き出しにした杏はマグノリアから出て行ったきり、翌日も帰って来ない。山田はスマホで連絡を取ったが、流石に戻って来にくい、ちょっと時間置いてから戻るということだった。
健人と沙羅は行き先も告げずに二人で出かけた。
マグノリアには山田と遙が二人きりである。
あの貰っていた薬が一体何だったのか聞くタイミングを逃した。恍惚感を抱くということは、危ない薬物が入っている危険性が高いだろうと、海の教団の犯した罪を知った今となっては思う。
飲むのを止めたら途端に体調不良に見舞われたので、我慢しようとは思ったが、今まで飲んできて大丈夫だったこともあって飲んでしまった。
置き去り事件の件で後ろめたさを感じていた山田はずっと寝室に籠もっていようかとも思ったが、また遙に怒られるかもしれない。
居間に出て、コーヒーでも飲まないか、簡単な食事なら作れるなどと声をかけてその場を凌ごうとしたが、体調が優れないので要らないと断られた。
無音は流石に気まずいからテレビを付けてソファに腰掛けた。
向かいのソファで横になっている遙が叶向の娘なのだと思うと不思議な感覚に襲われる。似ているとは言い難いが、美少女なのは同じである。
遙と目が合ったので、山田は思わず目を背けた。
「山田さん、お母さんとのこと聞かせてくれませんか?」
「え? 良いけど……」
「出会いはどんな感じだったんですか?」
「小学からの同級生でね、ずっと頼りになるお姉さんって感じだったよ」
「で、で、どうして交際することになったんですか? どんどん喋ってください」
どうやら積極的に母のことを知りたいようだ。探偵に依頼してきたくらいだから当然といえば当然である。書いた小説を渡して才能があると思ったら付き合ってほしいと告白したことを伝えた。
「えー! 山田さん、ロマンチックなところあるんですね! それでお母さんは何て? 何て?」
原稿に赤字一杯に添削してきたこと、フラれたのだと思いながら原稿を読み進めたら、最後に「合格」と書かれてあったことを教えた。
「えええ、お母さん、キツいことするなあ。私なら絶対に出来ないなあ」
叶向の話になってから、遙は体調が悪いはずなのに満開の笑顔を絶やさない。
その後も、編集者として優秀だったこと、どういうデートをしてきたかなど、多くの思い出を話して二人とも満足そうだった。遙とどう接すれば良いのか困っていた山田もすっかり安心して心を許している。性格はまるで違うが、話しているとどこか叶向と話しているように山田は感じていた。
「山田さん『置き去りの少女』ってお母さんとのこと書いた小説ですよね!? 読んでみたいんですけど」
「え? いやあ、ちょっと恥ずかしいし、申し訳ないことしたからなあ」
急にスマホを見始めた遙が「あった」と言っている。
「もうネットで注文しちゃいました。ごめんなさい。でも凄いですね、ネットでの評価高いですよ」
「お陰様でその本は高い評価多いね。他の本、散々なこと書かれてるのあるからレビュー見るの本当に怖くてさ」
「わー、私が酷評されたらショックで立ち直れない。小説家って大変ですね」
なるべく見ないようにしていると答えたあと、テレビの番組に目が釘付けになった。ひとひら漁業収穫祭の特集が始まったのである。
「遙ちゃん、収穫祭行くの?」
言ってから、その時まで無事であるかどうかが分からない状況なのに不謹慎な話をしてしまったと唇を噛んだ。
「行きたい……、ですけどね。行くんですか?」
「僕も行きたい……、けどね」
拙い、また雰囲気を壊してしまった。
テレビでは座席のチケットが残り僅かなのでご希望の方は急ぐようにと促している。当日の体調、及び、当日まで生命が残っているかどうかという問題を前にしてチケットを取る気には到底ならなかった。
「ここの収穫祭、ひとひらに住んでる時は毎年行ってるんだ」
「私も毎年行ってます。ひとひらの人の団結力がすごく好き。住んでるほとんどの人が行くもの。ここまで人が集まるのって、全国的にもひとひらくらいですよね」
「そうなんだ。本当にひとひらは良い街だよね。収穫祭、昔、生放送されたこともあるんだ。しかも全国テレビでだよ。面白い年はね……」
面白い思い出を語るだけ語って、寿命のことを頭からかき消そうと頑張った。
健人は自身の眼球のことについてほとんど触れようとしないが、一体、何を考えているのだろう?

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