4-13 椅子取りゲーム(山田)

 山田はマグノリアの二階寝室の窓を開けて夕空を眺めた。
 まがまがしく滲んだ血液のように染められた空に低く浮かぶ茜色の巻雲は、地球の自転の法則に反しているくらいの速度で視界から去っては入ってくる。今にもバランスを崩して落ちてきて、この世に終末をもたらすかのようである。

 この時間になっても誰も帰ってこないので、山田は遙に何か作って振る舞おうと考えていた。四ドア冷蔵庫には杏が買い置きしておいた生鮮食品が沢山入っている。
「遙ちゃん、夕食、何か食べたいのある?」
「あ、私が作りますよ、任せてください。いつもお父さんに作ってるから得意なんです」
「体調悪いのに大丈夫かい?」
「お母さんの話聞けて元気出ました」
 本当なら良いのだが、遙には叶向同様に気丈なところがあって無理をしすぎていないか心配になった。
「何で山田さんはそんなに元気なんですか?」
「海の教団から体調良くなる飲み物を貰っていてね、ちょっと怪しいんだけど飲んでるんだ」
 遙は顔をしかめて、それは飲んだら駄目だと忠告してきた。それは尤もな意見で、沙羅が戻ってきたらどういう成分が入っているのか聞いてみると答えた。
 何か好き嫌いはあるかと聞かれたから特にないと返した。せめて何か手伝いたかったが、ソファでテレビを観ていて良いと言うので甘えさせてもらうことにした。上手な包丁さばき特有の小気味よい音が響いてくる。肉じゃがの匂いが鼻をくすぐる。
「山田さん、出来ましたよ」
「ありがとう。お母さんにも肉じゃがよく作って貰ってたんだよ」
「へへ、やっぱり。これ、藤井家特製の肉じゃがなんです。レシピは母方から代々受け継がれているのであります。お母さんと同じ味、再現出来てるか自信ないけどどうぞ」
 食卓についた山田は食欲をそそる盛り付けに感心して「いただきます」と肉じゃがを口にした。その懐かしい味に併せて当時の記憶までもが蘇ってくる。置き去りにした当時の恋人の娘の料理を食べられることの幸せを肉じゃがと共によく噛みしめた。
「遙ちゃん、バッチリだよ。お母さんとのこと思い出すくらい味そっくり。完璧。運命を感じるなあ」
「ほっ。良かった。全然違ってたらって怖かったんです。レシピ様様です。私もいただきます!」
 遙も食卓について食べ始めた。
「ねえ、三上さんが言うにはその人の性格が能力に反映されるらしいよ。遙ちゃんのその平和に導くって能力、凄く性格に合ってる」
「私、日和見主義だって友だちから批判されることあるからそう言われると嬉しいです。でも何が平和なのかって難しいですよね。お医者さん、初め、私に病気が危険だってこと教えてくれなかったんです。頭の中で念じたら病気のこと喋ってくれたんですよ。それって平和と関係あるのかな。言わない方が平和って考え方もありますよね」
「そうだよね、僕の能力は『真っ直ぐな少女《ストレイトガール》』って名付けてて、人を素直にする能力らしいんだよね。麻雀で念じたらアガリ牌を振る人多くて能力に気付いたんだけど、それって素直なのかなあ? って考えたら微妙だなって思うんだ」
「山田さんもそうなんですね。三上さんはどんな能力を持ってるんですか?」
「『大胆な支配者《ボールドルーラー》』だって言ってた。でも詳しいこと聞けないままだったよ。凄い能力そうだよね」
「悪い人みたいだからきっと悪い能力なんですよ」

 遙のセリフを聞いた山田は自分が恐ろしくなってしまう想像をした。
 三上がその凄まじい能力で健人を殺して片目を食べてももう片方の眼球が残る。そうなった場合、食べさせてもらえないだろうか? その場合、遙が死ぬことになる。健人も死んで、三上と山田が生き残るのである。
 いや、こんな願望を持ってはいけない。色々な可能性をシミュレートしてみても万人が幸せになる状況はない。悪人の三上が死んだとしても、何かしらのバッドエンドが待っている。
 完全に詰んでいるのだ。
「遙ちゃん、能力の練習しておくように言われてたよね? 僕はある程度コントロール出来るから一緒に練習しない? 健人君たちには恥ずかしい方法だって馬鹿にされてるんだけど」
「はい! 師匠になってください! よろしくお願いします!」
 遙の師匠になるべく、山田はまずお手本を見せることにした。
 目を瞑り、眉間に中指を当てて念じ始める。数秒経って、中指を上に掲げて「真っ直ぐな少女《ストレイトガール》!」と力強く発した。すると遙の意志が素直な方向に動いたのだろうか?
「え、それ恥ずかしくて絶対にやりたくないです! 他の方法はないんですか!?」
 その本音を聞いた山田は失恋したような気分になったが、この土壇場で今までのように臆病風に吹かれている場合ではない。
 もっと格好いい方法を模索して見返さなければならない。

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