5-6 不都合な遺伝子(健人)

 三上に会うことは誰にも話してこなかった。
 とはいえ、自分が殺されてしまえば何の意味もないのだから絶対に勝たなければならない。
 沙羅が来るまで駅の二番出口付近でタバコを吸いながら待ち続ける。
 コンビニ一件の他には樹海の入口くらいしか近くにない。
 その間、神林駅の閉鎖を知らなかった市民が何人も入口シャッターの貼り紙を読んで不満を漏らしながら帰っていく。まさか収穫祭という大切な日に閉鎖されているなんて普通なら思わないだろう。怒るのも尤もである。

 漆黒の高級外車が健人の目の前で止まった。
 こんな時に因縁でも付けられないだろうなと思っていると、まず助手席の窓が開いて、沙羅が腕を伸ばしてそのドアも開けた。
「健人、まずは乗って。タバコは消して」
「沙羅、随分良い車乗ってるんじゃねえかよ」
 タバコの火を踏み消して携帯灰皿に捨てた健人は半分開いている助手席に乗り込んだ。
「可哀想によ。駅閉鎖されてるって知らなくて帰ってった人沢山いたぜ」
「ちゃんと周知しておいたのよ? わざわざ閉鎖するっていうビラ作って電柱に張り付けて、ポスティングまでしたのに。それは私たちのせいじゃないわ」
「見ねえ奴がいるんだよなあ。俺も郵便受け開けねえもん、まあ、杏が開けてるからってのもあるけどよ」
「杏ちゃんがいるからでしょ、いなきゃ健人だって見るはず。あ、やっぱり見なそうね。一人暮らしは絶対にしない方が良いわ」
「うっせーな。それより、本題入ろうぜ」
「まずなんだけど、七時にはホームにいるよう念を押されたわ。いなければ帰るって。あとは、五分だけ話し合おうって」
「何で七時から五分間なんだ? 丁度、皆が黙祷してる時間じゃんかよ。それと、話し合おうっていうのは殺し合おうっていう意味で受け取って良いんだよな?」
「時間に関しては私も分からない。聞いたけど教えてくれなかった。話し合うっていう手もあるんじゃない? 片目だけ渡せば、生かしておいてくれるかもよ?」
「そんなふざけた話、絶対に乗るかよ。三上のような奴に渡すくらいなら遙ちゃんに渡すぞ。それならまあ考えても良い。沙羅はどうなんだ? どうなって欲しいと思ってるんだ?」
 その表情が憂うつそうなものになって沙羅はうなだれた。
「……どちらにも生き残って欲しい。悪いけど、それが本心なの」
「それは不可能だろうが、本心は変えられねえもんな。まあいい。三上の弱点、何か知らないか?」
「弱点……、本人は隠してるみたいだけど、どうやらかなり衰弱してる。それくらいしか思いつかないわ。قوة اللهを使う前に何とかすればもしかしたら……」
「そうか、じゃあ俺の運の良さを信じるしかねえな。そろそろ時間だ。行く」
「待って。武器は持ったの?」
 健人はジーンズの左ポケットから鞘に収められたサバイバルナイフを、右ポケットから拳銃型のエアガンを取り出して見せた。
「それ、エアガンでしょ? それだけ?」
「それだけも何も一般市民が武器と言われて用意出来るのなんてこれくらいしかねえよ。ナイフは出来る限り使いたくない。エアガンで連射しまくれば三上も何も抵抗出来ないままかもな」
「上手くいけば良いわね。あと一つ、お義父さまに聞くチャンスがあれば、パパを殺したかどうか聞いて」
「オッケー。共有可能なICレコーダーアプリで録音しとくぜ。沙羅と共有出来るようにしておくから録音を聞け。あとは?」
「あとは大丈夫。健人、気をつけてね」
 沙羅は運転席から体を寄せて軽く抱きついてきた。離れると、健人の両目を惜しむような真剣な眼差しで注視してきた。健人もその蒼い目を見返して、数秒の間、二人は見つめ合った。
「沙羅の父さん、俺の目と似てるって言ってたけど、沙羅みたいに蒼い目だったか?」
「いや、パパは健人と同じく普通の黒い目だったわ」
「そうか。俺は父親いねえからどんな目だったのか分からねえや。よし、時間だ。行ってくる!」
「行ってらっしゃい。無事、祈ってるわ」
 車外へ出た健人は鍵がかかっていないというシャッターを押し上げて神林駅内に入った。
 どうせ、俺が死んだら遙ちゃんも山田のおっさんも死ぬ運命なんだ。その後も生きていく杏にだけは絶対に手を出さないよう、沙羅には釘を刺しておいた。
 まあ、生きて帰るんだから無用な心配だけどな。

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