5-7 真実(健人)

 全国で地上から最も深くにある神林駅の階段は非常に長くて、それを嫌ってこの駅周辺に住むのを避ける市民も多いという。健人は三上に聞こえるよう、敢えて足音を大きく鳴らしながら階段を降りた。
 その最後の一段を健人は飛び跳ねて着地した。
 三上はどこにいる?
 その場で一周してもどこにも見つからない。
 いつでも三上を打てるように右ポケットのエアガンの引き金に人差し指を当てておく。
「待っていたよ」
 その声が階段の裏側から聞こえてくる。
 下見はしておいたからそこが隠れ場所のようになっていることを知っている。その場から動かないまま健人は三上に喋りかけた。
「なあ、三上さんよ、死が迫ってるんだろ? その運命、そのまま受け入れる気はないのか?」
 どうやら三上もその場から動く気はまだないようで、先ほどと同じ場所から声が返ってくる。
「私にはまだやるべきことが沢山残されている。残念ながら、まだ死ぬ訳にはいかない」
 音を立てぬようエアガンをポケットから取り出した健人はそれを両手で構えて、三上に問いかける。
「じゃあ、俺を殺そうって訳か?」
「いや、そのつもりはない。片眼だけ私に譲ってくれれば、殺さなくて済む。その分、死ぬまで遊んで暮らせる金を与えよう。片眼の代償としては、十分すぎる条件だと思うが、どうかな?」
「ふざけるな!」
 階段裏側方向に体勢を変える音をその大声で覆い隠して、健人は話を続けた。
「バカにするのもいい加減にしろ。何でお前なんかに片目を渡さなきゃならない。殺人鬼の貴様なんかに」
「では、殺すことになるが、覚悟は?」
 三上が立ち上がるような音が聞こえた。
「正当防衛でお前を殺す覚悟で来た」
 健人はすり足で階段左側に移動した。心理学で、人間は左回りを好む傾向があると研究されている。三上が階段裏の隠れ場所から姿を現すためには、左右どちらかに回らなければならない。傾向通りに階段左側に現れたらエアガンを連射して狼狽えさせる作戦である。そこをサバイバルナイフで刺し殺せば、全て終わりだ。階段右側に現れた場合は、またその時考える。
「正当防衛か、ははははははは」
 三上の高笑いには今まで見せてきた荘厳さは微塵もなく、完全に悪人のそれであった。
「では、私の方から手を出さなければいけない、という訳か」
 三上の足音は左側へ動いている。予想通りだ。
 さあ、早く来い。早く。
 人影が視界に入る。あと一歩動け。
 今だ、打て、打て。
 しかし、人差し指が意志に反して全く動かない。
 何故、打てない? これが三上の神の力なのか?
 三上が目の前に姿を現した。
 エアガンを恐れず堂々と仁王立ちしている。
「馬鹿者め、沙羅から私の能力を聞いていないのか? お前はもう私のقوة اللهのテリトリーに入っている。その危ないものは捨てろ」
 両腕が左方向に強い力で投げ出されると共に、エアガンも左側へ吹っ飛んでいった。放物線を描いたエアガンは、ホームを超えて線路に落ちた。健人は左ポケットからサバイバルナイフを取り出してその鞘を投げ捨てた。続いて、腰を低く落としてして身構えた。
「正当防衛と言いながら、そっちから戦う気満々じゃないか。では私も対抗するとしよう」
 三上は後ろポケットから果物ナイフを取り出して、右手でその柄を持ちながらゆっくりと健人の方へ歩いてくる。
「この十二年間、ずっと探してた。全国回っても世界中回ってもずっと見つからなかったんだ。神の眼球の持ち主である君をあるまま駅で見つけた時の喜びといったら。大袈裟ではない。人生で一番嬉しかったよ」
 これでは勝ち目はなさそうだ。時間を稼ぐしかない。
「蓮を殺したのか?」
 その問いかけに三上が歩みを止めた。
「ああ、彼か。君たちの絆が羨ましくてね。お前が悲しむと思ったから殺した」
 無音の空間で三上の足音が異様に響く。
「そんな理由で……? 最低な趣味だな。叶向さんは? 叶向さんもお前が殺したのか?」
「知りたいのか? 私が叶向の娘を利用して神林樹海におびき寄せて、قوة اللهを使って首を括らせた。まあ、上手いこといったよ」
「そうか、遙ちゃん、母さんが自殺したこと気に病んでたからな。お前のおかげで依頼が一件解決したぜ」
「解決したところで報告出来ないだろうがな」
「沙羅の父さんもお前が殺したんだな?」
「ああ、お前と同じ目を持っていて食欲が沸いてきた。『入口と出口の哲学』は初代があってね、昔のقوة اللهの使い手が書いた本が私の手元にある。食べたら治るのも本に書いてあった。私は心配性でね、眼球をくり抜いて殺して、まずそれを叶向に食べさせたよ。本の通り、叶向はقوة اللهを使えるまま体調不良が起こらなくなったんだ。それを確認した上で、もう片方の眼球を食べたよ。しかし全く何も起こらなかった。沙羅の父は片目を失明していて、その失明した方の眼球を食べたんだが、それでは治療の効果がなかった。後悔したよ。だが、その時はまだそれほど心配していなかった。神の眼球の持ち主はまたすぐに見つかると思っていたからね」
 沙羅、三上の発言はしっかり録音されているから安心しろ、約束は守ったぞ。
「叶向さんを何故殺した?」
「あの女のقوة الله『沈黙の目撃者《サイレントウィットネス》』が邪魔でね。世に漂う意志を目撃する能力だ。私がひとひらを支配しようと意志していたことを目撃したんだろう。恐ろしくなったようでいつの間にか田舎に引っ越していたが、君のような優秀な探偵を雇って住まいを見つけた。それで殺した」
 健人はあまりの腹立たしさから、頭に血が上ってくらくらするのを感じていた。握っている左の掌に爪が食い込んでいる。
「全部分かって安心したよ。お前が生きるに値しない人間だって分かったのが最大の収穫だ。ぶっ殺す!」
 サバイバルナイフを両手で持った健人は、それを右脇腹で固定して三上に突進した。が、その一歩目で敢えなく躓いて転んだ。立ち上がれない。
「私の能力を知って来てこのざまとは。愚か者め」
 健人は果物ナイフで右の太股裏を突き刺された。
「ぐあああ!」
 大声が出ても三上は無言のまま果物ナイフを抜いて、今度は左の太股裏を突き刺した。
「ぐわあああ!」
 先ほどよりも大きな声が出た。
 もうこのまま終わるのか……。
「誰かの足音が聞こえる……」
 そう呟いた三上は階段の前まで歩いてその上段の方を見上げた。

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