6-9 平衡状態(沙羅)

 健人のあの豪勢な誕生日パーティーから二年以上が経過した。
 ひとひらの街は気候も例年通り穏やかなものとなり、平和な意志を余すところなく取り戻したようである。

 二年前のパーティーは今振り返っても物凄かった。
 主役の健人が盲目になってから初ということもあって、徹底的に盛り上げようという気運が高まっていた。そんな雰囲気とは対照的にめっきり気落ちしていた沙羅ですらも、束の間ながら爆発的な熱狂に身を委ねて高揚した気分を満喫することが出来た。
 沙羅が保健所から引き取ってきた雄の子猫を、健人が「キナコ」と呼んで抱き抱えると屈託のない笑顔を見せた。いくら厳つい格好をしていてもこういう笑顔を見るに連れて、可愛い年下なんだと感じるのである。
 キナコは当初、目が合わない健人に戸惑っていた様子であるが、とうに慣れているという。むしろ、独特な気配を持つ健人に最も懐いているそうだ。病気らしい病気もせずに、順調に成長したキナコももう二歳を過ぎて立派な成猫である。プレゼントした沙羅がその成長に最も胸を撫で下ろしているはずだ。
 杏と顔を合わせた時、こちらが恐縮してしまうくらい低姿勢になって謝罪してきた。その後もしばらくはぎこちなかったが、今では友人と呼べる仲になっている。
 酒の入った健人の他の同級生・後輩たちのノリは若者のそれで、付いていけない部分もあったから主に年上の面々と親睦を図った。

 酔っぱらった山田は、結果的に助かることが出来たことを巧みな比喩表現を何度も用いて感謝してきた。病から解放されたことでその頭脳も冴え渡っているようだ。事実、小説の執筆も順調そのもので、二年超の期間ですでに五本もの作品を世に発表している。『声だけの女』という作品が自信作だと言い、沙羅にも山本竜也サイン入りのハードカバー本を贈呈してきた。読んでみたところ、控え目に評しても傑作の部類に入るのではないだろうか、批評に関しては容赦のない沙羅が言うのだから間違いない。事実、発行部数もレビューの評価も上々だという。

 健人が蓮の両親・叔父に、沙羅のことを「蓮が最後に惚れた女性」だと紹介したものだから手厚いもてなしを受けて複雑な心境だった。彼の死は三上単独での犯行であるとその遺書に書いてあったため、娘に罪はないということでむしろ慰められた。実は蓮の殺人に深く関与している当事者が、おめおめとその親族からお酌されて笑顔でいるなんてまるでホラー映画の世界だ。何をしてもその償いにはならないにせよ、慚愧に焼きたてられる思いでいるのは偽らざる本音である。
 大盛況のパーティーは翌朝までだれることなく続いた。
 このパーティーがなければ、沙羅は精神的に潰れていたかもしれない。

 彼女は自問自答を繰り返していた。
 どうして、最後、立ち上がろうと手を貸すよう求めてきた三上の手を振り放ったのか? しかも、毛嫌いしているような顔をして。
 その答えは出なかった。
 本心が出た、といえばそれまでかもしれない。あの瞬間、何故か嫌悪感を抱いたのは間違いないのだ。
 三上の死以降、沙羅は自分の意志を取り戻したように感じているが、それは途轍もなく暗い。彼の遺書に、自殺の意志、及び、沙羅を永遠に愛し続けると書かれていたこともその闇に拍車をかけている。
 実父を殺した犯人とはいえ、三上が命の恩人であることには変わりがないのだ。
 先日、死刑囚の父でも父には変わりないから愛しているという女性をテレビで観たが、彼女の心境が痛いくらいに沙羅には理解出来た。たとえ世間がその愛情を許してくれなくても、存在する感情を消し去ることは出来ない。
 そんな感情が存在してしまうという事実もまた、沙羅を苦しめた。
 今もなお苦しみ続けている。

 蓮の件に関しては、被疑者死亡のまま書類送検。その後、不起訴となった。会長補佐である沙羅が民事裁判の場に立ち、蓮の遺族に損害賠償を支払うということで速やかに結審した。遺族と友好関係を築いておいたのも幸いした。健人の出鱈目な発言のおかげである。
 最も疲弊したのが、海の教団と秘密結社/Videoの解散である。
 幸い、蓮以外の殺人に関しては表沙汰にならなかったが、それでも教祖である三上が殺人を犯し、健人に傷害を加えた挙げ句、自殺したのである。解散するだけでは許されない。名誉を傷付けられた信者たちの不平不満が爆発して裁判沙汰になり、先日ようやくその結審を迎えた。
 結果は、教団側の実質的な敗訴。
 それでいい。
 とにかく、これで堂々と海の教団の解散宣言を発することが出来た。

 Videoの方もややこしかった。
 三上の調合した薬物や彼のقوة اللهの影響から抜け出したメンバーたちの大半が、置かれている状況を把握出来ないでいた。管理下にある施設の管理人たちの協力を得てメンバーたちを解放したが、家庭崩壊した者、元の人格に戻れない者、街で犯罪に手を染める者、自殺未遂する者、様々な問題が発生したため、真っ当な生活を送れるまで彼らを元通りにするのに散々な苦労を要したのである。
 元々、気性が荒いメンバーを揃えただけあって一筋縄でいかなかった。その精神の殆どが荒廃していて証言が当てにならなかったのは本当に運が良かった。精神病院送り、金銭的支援、職場探し、人間関係の仲裁、あらゆる手段を用いて、Videoという秘密結社が存在したことをなかったことにした。
 ようやくやるべきことをやり切ったのだ。
 もうひとひらでやるべきことは何もない。

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