「全ての個人が互いを人間として尊重する法原理」のことを「個人の尊厳」と呼ぶ。
人間には尊厳があるのだ。
尊厳で話題になることの一つに「尊厳死」がある。
ALS患者の女性から依頼を受けた医師二人が、薬物を投与して殺害した嘱託殺人事件は記憶に新しい。
Twitter上でも「安楽死を法制化すべき」という声が多く上がった。
それに対して「ALSでも生きていける社会を」という声もまた多く上がった。
この事件のタイミングで、生きる術の方向に目がいかず、安楽死の是非に進んでしまう人が沢山存在していたのは、少々、怖くも感じるところだ。が、もし、自分が同じ境遇なら……とまず想像する人が多いだろうから、やむを得ないのかもしれない。
飛び降り王子は、尊厳死は法制化されて然るべきだと思う。
その際、患者、及び、その家族に対して何度もカウンセリングを繰り返す必要があるだろう。患者本人の死の意志が十分に固まり、家族等の親しい者の意見も一致し、全員が納得の上で安楽死は行われなければならない。
そう考えている。
尊厳死が法制化されている国ではそうなっていると聞くが、死を受け止めて覚悟を決めることは、相当な困難があり、気持ちも揺れ動くのだと想像出来る。治療を続ければ長らえるのだから、なおのこと、である。
事件のALS患者の女性も、生前、気持ちが揺れ動いたと聞く。
別の事件だが、自殺願望のある人を自宅で殺した座間9遺体事件の犯人は次のように言っている。
「本当に死のうと考えている人はいなかった」
死を決断するのは本当に重たいのだ。
昨晩、王子行きつけの居酒屋で、女性店員のお父様の話になった。
そのお父様は脳卒中になって体に麻痺が残っているらしい。娘である女性店員がその介護をしている。
「汚い話だけど、大を漏らすことがあるんだよね。オムツすれば良いのにって思う」
ご存じの方もいるだろうが、脊髄損傷の人でもオムツを嫌がる人は非常に多い。
今は排泄機能が改善した王子も、飛び降りて退院した直後は不安で何度か付けていた。が、付けるのが嫌でならないからすぐに付けないようになった。
オムツを付けることは人間の尊厳に関わってくるのだ。
オムツ程度で大袈裟な……と思う方もいるかもしれないが、成熟した大人がオムツを付けるのは、屈辱を強く感じるものである。
なので、オムツを付けている人はもっと褒め称えられて良い。自ら選択したにせよ、付けざるを得ない状況だったにせよ。
改善したとはいえ、王子は酒を飲んだ翌日、肛門が緩くなって自宅で漏らすことがたまにある。
トイレの水で汚れを落とし、洗濯機に入れる作業をしている自分を情けなく思う。
我慢する力が弱いから、トイレまで我慢するのに必死という状況もたまにある。
外で漏らしたことも二度三度……。一人で居る時だけだったのが救いである。
しかし、健康な人だって漏らすのだ。
もっと気軽に漏らしてくれれば、世界はより優しくなるだろう。
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