3-2 海に帰る意志(健人)

 なみだばね町にて、蓮の葬儀はしめやかに営まれた。
 自殺ということは伏せて、便宜上、水難事故と発表していても、まだ若すぎるということで多くの人がその死を惜しんだ。ひとひら大学の同級生や教授が、同じ小中高の同級生に先輩や後輩が、牧場の関係者が、親族が、本当に多くの人々が葬儀場に集まり、故人を偲んだ。
 喪主である蓮の父は葬儀の挨拶で号泣していて言葉に詰まりっぱなしだった。健人はその姿を見て、この野郎、やっぱり愛されてたんじゃねえか、羨ましいぜ。俺なんてなみだばね町に帰ってきたのに実家に出す顔ねえんだぜと思った。
 遺体との対面を強く求めたが、水死体は見るべきではないと両親に断固拒否された。どんな姿になっていても受け入れると覚悟していただけに残念ではあった。
 健人はモクレンの中央時代含めて全てのレースの単勝馬券を副葬品として棺に入れた。杏は手紙を入れていた。山田は海の教団に行く日のため来られなかったので、山本竜也サイン入りの『置き去りの少女』を副葬品として代わりに入れて来て欲しいと言い、その務めを健人が果たした。
「面白くもねえ小説、蓮もあの世行ってまで読みたくねえだろうにな」
 普通に発したその言葉が杏のツボに入ったようで、口を押さえて何度も笑っている。相当時間が経過してからも思い出し笑いしている。健人の喪服姿が似合っていないということでも思い出し笑いを繰り返していたから、不謹慎な場所で笑ってしまう失笑恐怖症なのではないかとその精神を案じた。
 だが、来ていた後輩の大輝や美咲、その他同級生たちも爆笑していたため、他人から見れば面白い格好なのかもしれない。少なくとも、着心地は最悪だ。
 火葬と精進落としが終わり、儀式全てが終了した。

 両親に『入口と出口の哲学』という本が鞄の中に入っていたはずだと伝えておいたのだが、その返事がまだない。
 もう参列者のいない会食の行われた大広間で、健人は杏と一緒にその返事を待つことにした。
 蓮の母が戻ってきて、残念そうな口振りで言う。
「健人君、やっぱり本なかったわよ」
「なかった?」
 検視の結果、薬を大量服薬しての入水自殺だとされたが、貸したものをどこかに放置したまま消えるような無責任な男ではないことを踏まえると、やはり蓮は事件に巻き込まれた可能性が高い。自殺ではなく他殺。本は盗まれたのかもしれない。
 真っ先に疑わしいのが海の教団だ。
「お母さん、蓮は自殺なんてしてないですよ。おそらく、事件か何かに巻き込まれたんだと思います」
「自殺だとは思いたくないけど、でも、警察の方々が自殺と言ってるから……」
「警察は役に立たない。俺、探偵ですよ。調べ上げてみせますよ。マグノリアは蓮との思い出のある大切な場所です。それにあそこがなければ俺も杏も住む場所なくなって困るんですよ。もう少しだけ車も一緒に貸してもらえないですか? 家賃は全部は厳しいかもですが、なるべく払いますので」
「まあ、健人君の言うことなら……。健人君のことも放っておけないし……。こっちもちょっと疲れてるから、しばらくは借りたままにしておいても大丈夫だけど……」
 交渉成立である。
 マグノリアと車がなくなっては困る。
 家賃は、杏が売春で稼いだ金を一部渡せば納得してくれるだろう。その詳しい話はまた電話することになった。
 あとは最後、蓮が自殺未遂した時の遺言を叶える必要がある。
 彼はODした時はいつも、ひとひらの風習に従って遺灰をゴーラス海に撒いて欲しいと言っていたのである。健人と杏にその役割を担わせて欲しいと両親には事前に伝えておいた。それならば是非、蓮の願いを叶えてあげて欲しいという快い返事をいただいていた。
 蓮の父が遺灰の入った黒いひょうたん型の壷を抱えて大広間に入ってきた。
「健人君。蓮のこと、頼みます」
 馬にも乗って鍛えられている父は年齢の割には若々しい。まだ蓮が生きているかのような言い回しが健人の心に突き刺さった。
「もちろんです。今までもこれからもずっと蓮とは一緒です」
 蓮の両親に見送られながら車でなみだばね町をあとにした。
 あとはひとひらに帰り、ゴーラス海に行くだけだ。
 ひとひらでは遺灰を撒く人のために、年中無休で運転手付きプレジャーボートのレンタルが行われている。六時までの受付に間に合わせるため、健人は猛スピードで車を走らせた。
 健人は助手席の杏が抱えている蓮の遺灰の入った壷に喋りかけた。
「なあ、蓮、苦しかったよな。天国でクライに乗って、他の奴らに負けるなよ。まだまだやり残したこと沢山あったよな。モクレンにも一緒に乗りたかったよな?
俺な、蓮にどういう彼女が出来るか、本当に楽しみにしてたんだぜ。女見る目ないなんて言ってたけど、ありゃ大嘘だ。蓮には本物を見抜く目がある。女の方に見る目がなかっただけだ。
蓮、お前は最高の男だった。ちょっとの歯車が噛み合わなかった。ただそれだけのことで、最高の男に変わりはなかった。俺、これから蓮のこと、他の奴らに自慢の親友がいるって喋るぜ? 恥ずかしがり屋だったけど、もうこっちにいないんだし、良いだろ?
蓮がいなくて、俺、どうやって生きていけば良いのか、正直、分からねえんだ。なあ、天国から力くれよな。そうじゃねえと、俺も生きていけねえよ」
 健人は喋り終えて深いため息をついた。助手席の杏が涙をポロポロとこぼしている。
「やめてよ、泣かせるの……。我慢してるのに」
「そういうつもりじゃないんだけどな」
 健人のサングラスの下からも涙が止め処なく溢れ出ている。視界が朦朧として危険だからスピードを落とした。
「なあ、杏、手紙に何て書いたんだ?」
「それは私と蓮だけの秘密」
「そうか」

 ひとひら市内まで安全運転してきたが、案外、間に合いそうなのでそのままゴーラス海まで直行した。蓮の車が置きっぱなしだったという駐車スペースに車を停めた。
 海の駅でプレジャーボートのレンタルを申し込み、寡黙な職人風の運転手が数十台あるボートの場所まで案内してくれた。
 白いプレジャーボートの後部座席に二人が乗ったのを確認した運転手が、エンジン音を鳴らして勢い良く発進させた。
「場所にこだわりは?」
「特にない。でも、皆がいるところにしてくれ。寂しがり屋だったから」
「あいよ」
 水面を滑走するボートがスピードを上げていくに連れて、浜風も強烈に健人の顔を叩きつけてくる。杏の髪の毛が秩序を失って乱れている。あっという間に浜辺が遠くなり、速度が落ち着く。
「この辺でどうだい? よく撒くところだね」
「オッケー」
「風向き気をつけてね。自分の顔に遺灰ぶっかける人、たまにいるから」
 間抜けな奴もいるもんだなと思いながら、ボートの後方に立ち、壷を開ける準備をする。
「いっちゃう?」
 杏が涙を拭い、笑顔で言った。
「行くぜ」
 健人はサングラスのまま、覚悟を決めたかのように言った。
 彼が壷の蓋を回して開けて、風の吹く方向に向かい、下から前方へ払い上げるようにして遺灰を撒いた。美しい真っ白な粉末が宙を舞った時、急に風向きが変わり、杏の横顔に遺灰が降りかかった。
「おい、蓮、てめえ、死んでまで私のこと好きなのかよ」
 二人は笑い合い、抱き合って、ダンスを踊るようにその場でくるくる回転した。はしゃいで口付けを交わし、今度は壷を中心に抱きかかえて二人で蓮にキスをした。運転手が危ないよと注意しても聞く素振りを全く見せずに何度も回転して蓮に接吻を繰り返した。

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