4-1 Stray Cat(杏)

 このところ、マグノリアの人の出入りが激しい。
 喜ばしいことではあるが、そのせいで込み入った話がしにくくなって、杏は少しばかり困っていた。
 山田といえば、蓮は事故死ということになっているにもかかわらず、自殺するなんてねえと来客の前で言い、またもや場を凍り付かせた。健人と杏の懸命のフォローで、この人は別人のことを話しているのだと誤魔化したが、それでも懐疑的な見方をする人が現れてしまったことだろう。
 それだけでなく、山田は急に生気を失った。海の教団で何かあったのかと事情を尋ねても、今度言うよとだけ返事して、寝込みがちになった。
 心配している人間のことも考えろよと、その自分よがりな態度が癪に障った。『入口と出口の哲学』に書いてあるように、結局、治療法はないと宣告されたのかもしれない。

 遙の親友の詩織が、メイクの方法教えてください、服買うの一緒に付き合ってくださいなどと杏のことを慕ってくれている。悪い気はしないもので、メイクについては手取り足取り教えてあげて、今は参考になる動画が沢山あることを伝えた。手先の器用さを売春以外で久しぶりに活かせた気がして満更でもない気分である。
 今、ひとひら駅内のアパレルブランド巡りと服の購入が終わったところで、メイクも決まっている詩織がどこか堂々としているように見える。
「杏さん、付き合ってくれてありがとうございます!」
「ひとひら駅に用事があったから何もだよ。詩織ちゃん、すっごい自信あるように見えて良い! やっぱちょっとのことで自信って付くんだよな、これから詩織ちゃんもっともっと可愛くなるよ」
「杏さんみたいには到底なれないですよ。すごく格好いいですもん! 私、杏さんの弟子になります!」
「ちょっと照れるからやめてくれ」
「謙遜しないでくださいよ! 付き合ってくれたお礼にコーヒー奢ります!」
「私、年上だしそんなのいいよ。むしろ、私が奢る」
「いやいや、ほんの気持ちなんで奢らせてください!」
 そこまで言うのなら、ということで、ひとひら駅構内にあるガラス張りのコーヒーショップ、Cafe Charmerに入ろうとして店内に目を遣った時、見たことのある顔が視界に飛び込んできた。
「ちょっと待て、健人と遙ちゃんがいる」
 詩織の腕を引っ張り、ガラス張りの横に身を隠して二人の様子を伺う。
「どうしたんですか? 同席しても良いんじゃないですか?」
「いや、健人ほどの危険人物はいない。遙ちゃんの身が危ないからちょっと様子見よう」
 おそらく、マグノリアでは込み入った話が出来ないという理由でも付けて遙を連れ出すのに成功したのだろう。健人の表情はデレデレで、自分には一度も見せたことのないものだった。

 遙ちゃんのこととなるとやたら張り切っているもんな、あいつ、あんなヒッピーみたいな格好しているくせに地味な女が好きなんだよな。
 馬鹿らしい。
 どうせ私なんてただの売春婦だ。
 今までずっと一緒の寝室だったのに、遙ちゃんが来た途端「杏が遙ちゃんを守れ」とか言って寝室を変えやがった。どうせ、私と寝ていたことを遙ちゃんに知られたくないからに決まっている。遙ちゃんも一人の時間欲しいだろうに。余ってる部屋で一人で寝かせてあげれば良いのによ。
 とにかく、私が遙ちゃんの命が危ないことを教えてあげたのに、今じゃ完全なのけ者だ。あの財布の中身はぴったり百万円だったから蓮を殺した報酬に決まっている。
 斉藤は絶対に許さない。
 ここまで怪しいんだからさっさと警察に報告すればいいものを、そうしないあいつの身勝手さにはうんざりだ。天国の蓮が泣いているぞ。

「杏さん!」
「うわ、ビックリした!」
「健人さんのこと、好きなんですか?」
 詩織は好奇心剥き出しの嫌らしい笑顔で尋ねてきた。
 本当に良い子だけど、女のこういうところが嫌なんだよなと杏は思い、まさか、と答えた。
「健人さんの顔しか見てないのバレバレですよ。杏さんでも嫉妬したりするんだ」
「し、嫉妬な、なんてしてねえよ。ただ遙ちゃんが心配だっただけ」
 図星を衝かれて思いっきり噛んでしまった。
「えー! 滅茶苦茶動揺してるじゃないですか。可愛い!」
「や、やめろ、本当に違うって」
「誤魔化しは利きませんよ。健人さんとのこと、教えてくださいよ!」
「今度な、今度」
「今日中に教えてください! 私、気になったらしつこいんです」
「いや、本当に何もないって」
「じゃあマグノリアに住むことになった経緯とか教えてください」
 風俗店で知り合って、自分からデートに誘ったなんて言える訳がない。売春で稼いでいることも、まだ言えるほど深い仲では全然ない。
 この後、男と一件約束があるのだが、健人の弛みきった表情を見て、正直、杏は気落ちしてしまった。億劫になってドタキャンしようかとも考えていたが、詩織といるとこれまた煩わしい展開になりそうだ。
「分かった。じゃあマグノリア帰ったらな。それなら良いでしょ?」
「やった! しつこくてごめんなさい。でも話聞けるの楽しみです」
 結局、杏はドタキャンする方に決めた。
 今、誰がマグノリアにいるかな、帰宅したら他の奴の恋愛トークに持っていって適当に誤魔化せば大丈夫だろ。山田さん、まだ寝込んでるかな。あのおっさん、童貞っぽいんだけど、恋愛したことあんのかな、あの年齢でまさかゼロってことはないだろうけど。
 ここまで慕ってくれる同性が出来たのは、何だかんだ文句を言っても嬉しくて溜まらなかった。男にちやほやされるのとは全く違う種類の喜びを噛みしめていた。
 と同時に、詩織に愛想を尽かされないか不安が高じてきて、素の姿は見せられないなと弱気になっている自分を杏は発見した。
 駄目だ、このままじゃ今までと同じだ、どうにかして変わらなきゃと思うものの、杏にはどう振る舞えば同性と深く仲良くなれるかが全く分からなかった。

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