母、及び蓮の墓参りに行くに当たって、健人からある条件が課せられた。
遙一人で外出となると誰かが接近してくるかもしれないが、それは要注意人物である可能性が高い。その人物をおびき寄せつつ身の安全を確保するために、誰かを目が離れない距離に置いて連れていくこと、それが条件である。
連れていく人物は警戒される可能性があるから目立つ人物であってはならない。であれば、適任は詩織を除いて他にはいない。杏と動画からメイク術をマスターして服装も派手目なものを揃えた詩織が変装したならば、以前までの彼女と同一人物だと気づかれることはないだろう。
厚化粧でサングラス姿、新品の花柄ワンピースに袖を通した詩織が先にマグノリアを出ることになった。
「遙、この格好、変じゃない? 不審者に見えない?」
「ぷぷぷ、不審者そのものだけど、別に良いと思う」
「やめてよ、尾行するにしてもお洒落したいのに。サングラスが変なのかな?」
玄関のウォールミラーに向かってサングラスを取り外しながらコーディネートをチェックしている詩織のことを見かねた様子の杏が、サングラスと伊達メガネを幾つか持ってきた。
マグノリアに来る前まではお洒落に無頓着な方の人間だったのに、杏という師匠が出来ただけでここまで目覚めるとは。女性の美への欲求には鬼気迫るものがあるのだなと遙は他人事のように思った。
詩織は杏から受け取った伊達メガネをかけて、様々な角度から似合うかどうかを確認している。
「詩織ちゃん、そのメガネならその服装にピッタリだよ」
師匠のお墨付きを貰った詩織は満足げな顔つきになって、じゃあ、先に駅で待ってるからと言って出て行った。
五分後、遙は出発する予定である。
すでに疲れて玄関に腰掛けて待っていると、寝癖を付けた健人が足音を立てながら二階から降りてきた。その顔を見るとやはり力が漲ってくる。
「遙ちゃん、危険な目に遭わせてすまん。何かあったら駆けつけられるよう準備しとくから」
「いえいえ、私が勝手に墓参りに行きたいって言ったんですから。SPが付いてるから大丈夫です」
「あ、遙ちゃん、傘持っていった方が良いよ。最近、天気ずっと不安定だから。詩織ちゃんは……、まいっか」
杏から手渡された大きな傘の柄を持って、あ、これは杖の代わりになって便利だということに気が付いた。詩織は昔から風邪引かないからおそらく大丈夫だろう。
そろそろ時間だ。
「行ってきます!」
行ってらっしゃい、気を付けて、と二人に言われて、何だか新しい家族でも出来たような気分になる。
想像通り、傘を杖代わりにして歩くのは非常に楽である。
木蓮公園駅に着くと、変装した詩織が改札前に立っている。チラッと見て思わず笑うと、詩織の方も笑みをこぼした。
地下鉄に乗り込んで空席の目立つ座席に座っていても、詩織は座らずに立ったまま隣の車両から遙の方を時折見つめてくる。
「まもなくゴーラス海前。終点」
ゴーラス海前駅を出てさざなみ霊園まで向かうも、時々、後ろを振り返って詩織を確認したくなる。あまり後ろを振り返っていては怪しいから何とか我慢して母の墓まで向かった。
母の墓標の前にしゃがみ込んだ時、右斜め前方に、詩織が赤の他人の墓で祈っている姿が見えた。にやけているのを隠すために遙はそのまま合掌して目を瞑った。
ちょっと詩織、不謹慎なことで笑わせるのやめてよ。
お母さん、詩織とは相変わらず仲良くしています、いつも笑わせようとしてきたり、元から一緒にいて全く飽きない凄く面白い子だけど、杏さんっていう師匠が出来てより面白くなりました。お洒落に目覚めたし、恋愛も上手くいくと良いんだけど。
女の子にしては面白すぎるのかな?
お母さんならどう思う?
遙は祈り終えた後、墓標の右下に置いておいた屋根付きの線香皿からマッチと線香を取り出した。マッチ箱から一本取り出して擦った時、丁度、雨が手に当たったのでしばらく様子を見た。どうやら霧雨程度で落ち着きそうではあるが、杏の言うようにどう天候が転ぶか分からない。遙はマッチと線香を元通りに納めて、蓮の墓に向かうことにした。
歩いている内に雨足が急速に強まり、すぐに土砂降りになった。
傘があって良かったなと思いながら蓮の墓の前まで着くと、右斜め前方にいるズブ濡れの詩織が今度は不機嫌そうな顔でこちらをチラッと見てきた。
ごめん。急ぐから待っててねと思い、蓮の墓標の前に屈んで祈り始めた。
蓮さん。
健人さんから聞いてますよ、凄く格好いい人だったって。本当に自殺だったんですか? それとも事故? あるいは殺された?
健人さんが必ずや真相を暴いてくれますよ。
祈っている最中、背後に人のただならぬ気配を感じた遙は振り返った。
一人の美女がびしょ濡れで立っている。
あ……、蒼い目をしている、健人さんが言ってた海の教団の沙羅っていう人だ。こんな美人だったんだ。でも何だか様子が変。
何でそんなに悲しそうなの? 沙羅さんが要注意人物なの?
一瞬、見とれてしまった。
「大丈夫ですか!? ズブ濡れですよ!? 傘、入ってください」
傘に入れても沙羅は放心状態のままで、何とか場を取り繕わなければと思い、蓮の墓参りに来たのかと尋ねた。蓮は友だちの友だちなのだという。そこから健人が共通の友人なのだと初めて知ったフリをして話を進めた。調査のことを聞かれる。
「亡くなった母の本で分かったことがあって。あ……、言っても分からないですよね。すみません」
母の本の話題をわざと中途半端に出してその反応を伺うことにした。
「そこ、気になるわ。簡単に教えてくれる?」
あ……、沙羅さんは本のことを知りたがっている。やっぱり蓮さんの死と何らかの関係があるんだ。
確信と警戒心を抱きながら、遙は沙羅と接した。
彼女が蓮の墓標前で祈っている最中、その蒼い目からとめどなく涙が溢れ出てきたので、一体何が起きたのかと狼狽して遙はハンカチを差し出した。それを受け取って涙を拭いている沙羅が今度は声まで上げて泣いている。蓮とは少し話しただけ、と言っていたが、それが本当ならこの号泣っぷりは異常である。
やはり蓮の死に関与しているのだと遙はその確信を強めたが、彼女が悪人のようにはどうしても思えない。心の底から蓮の死を悲しんで泣いているのが手に取るように分かる。
演技では、絶対にない。
「ごめんなさい。ちょっと色々と思い出しちゃって。傘、ありがとうね」
「いえいえ。この雨ですけど、これからどうするんですか? 良ければ、一緒に帰りませんか? 私、藤井遙って言います」
「そうね、傘もないから甘えちゃおうかしら。私は小川沙羅。名刺渡すわ」
受け取った名刺を見ても確かに健人から聞いた沙羅という人物である。海の教団が蓮の死に関与していることはほぼ明らかだが、どうして山田は黙り込んでいるのだろう?
大通駅で乗り換える沙羅と別れた遙は一人、物思いに耽った。
詩織はきちんと付いてきていて役割を果たしてくれた。健人と杏にも全て様子が伝わっているだろう。
許せない。
木蓮公園駅に着いても詩織を放ってマグノリアまで急いだ。
「おかえり。何があったか詩織ちゃんから報告あったけど、大丈夫だった?」
杏の挨拶も無視して遙は階段を上り、二階の山田の寝室前まで来て立ち止まった。
深く呼吸してからそのドアを二度強くノックした。
はい、という声が聞こえると同時にドアを開けた遙は、その声に怒気を込めてまくしたてた。
「山田さん! 海の教団に何を言われたのか、全部言ってください! 私も全部言います。大腸の奇病のもう一人は私なんです! 余命幾ばくかと宣告されているんです! 私だって死ぬんです! どうして山田さんはそんなに自分勝手なんですか!? ふて寝を決め込んでいられるんですか!? 山田さんが全て話してくれるまで、私はここから離れません!」
布団から顔を出している山田だけでなく、後ろから付いてきた杏も健人も詩織も皆がたまげている。
当の本人ですらも我が目を疑っている。
山田さんが全部話せば、ピースはつながるはずなんだ。
この人は一体どっちの味方なのか分からない。
健人さんも杏さんもどうして怪しいなんて言って放置しているんだろう。
私はもう放っておけないんだ。

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