神林駅は全国で地上から最も深くにあることで有名な駅である。三上は今、駅の階段を一人で降りている。
多くの人が利用するはずであろう収穫祭の日で誠に申し訳ないが、午前七時五分まで神林駅を閉鎖しておくよう、三上は社長の古谷修に命令しておいたのだ。七時に健人が絶対に来るよう、沙羅には念を押しておいた。
五分でけりをつける。
五分もあれば十分だろう。
ひとひらの人々の意志がゴーラス海に集まる五分の間、三上はそのقوة اللهの威力を増すのである。神林駅内に残っている意志の量が少なければ、どれがどの意志かの判別が容易になるため、自然とその扱いも楽になるという訳だ。
いくら弱っている身とはいえ、余裕だろう。
それまでの間、三上は神林駅のホームで瞑想に耽って待ち続けるつもりでいた。
ホームの両側を地下鉄が通過していくが、降りてきた階段の裏側が丁度、誰からも見えない一人になれる場所になっている。
閉鎖された神林駅はまるで無酸素空間の腸内のようである。
腸管における腸内細菌の様相のことを「腸内フローラ」と呼ぶが、そこには大ざっぱに分けて三種類の細菌が生息している。
善玉菌と悪玉菌と日和見菌である。
今、ここにいる三上は善玉菌であり、これから悪玉菌である健人と戦うのである。沙羅は日和見菌といったところか、勝者の味方をするだろう。
この手の幼稚的な万能感を満たしてくれる空想を、三上は子どもの時から何度も繰り返してきた。
階段の裏側に移動した三上はそこで胡座をかいて、死者のため、また、これから死にゆく者のために、瞑想に沈み込んだ。
初めに手を下した人間、大腸を発酵させてもらった男に謝罪しよう。
どんなに辛いことがあったのか分からないが、自殺したその身を損壊した上に私の実験台にして大腸を食したことは許されることではない。
沙羅の父、小川祐介に謝罪しよう。
その眼球がقوة اللهの使い手に対する最良の治療薬であったために、殺害して眼球をくり抜かざるを得なかったのだ。
沙羅に謝罪しよう。
その父を殺したことを隠して接触を図り、私の義娘にした。手塩にかけて育てあげたが、騙していることに変わりはない。
叶向に謝罪しよう。
何度も私の毒味役になってもらったにもかかわらず、神の眼球を食して治った姿を見て嫉妬した。ひとひらを支配するためにも邪魔になって自殺に見せかけて殺した。
私が唯一、恋愛感情を抱いた女性なのに。
両親に謝罪しよう。
あなたたちに認められようと努力し続けてきたが、結局、嫉妬させてしまった。
期待に応えることは全く出来なかった。
更なる努力を重ねようと思っていた矢先に、二人とも続けて亡くなってしまった。
私がもし医者なら早期発見して助けられたかもしれないのに、全く関係ないことに興味を持ってしまった。私がどんな酷い罪人であってもあなたたちのことだけは今も変わらず愛し続けている。
大道蓮に謝罪しよう。
マグノリアの連中を調べ上げた結果、強い絆で結ばれていると分かった。それを粉々に砕きたかった。愛のはけ口を持たぬ者の妬み故に殺してしまったのだ。『入口と出口の哲学』の件は二の次に過ぎない。
川端健人に謝罪しておこう。
これからお前は私の薬となって死ぬ運命にある。必要なのはその片眼だけでも良いのだが、わざわざ死んでもらうのは真実を知っている者がいては困るという私の身勝手さ故にである。
寺原杏と山田弘寿に謝罪しよう。
川端健人を失い、お前たちは意気消沈するだろう。
その後、寺原杏は悲しみを背負って生き、山田は不幸のどん底で死ぬだろう。もっとまともな人生を送れるはずのところを私が挫くのだ。
藤井遥に謝罪しよう。
母・叶向を殺しただけでなく、これから仲間である川端健人を失うのだ。
それだけではない。
お前が何らかのقوة اللهの使い手だという情報は得ている。
使い手は一人だけで良い。後に死んでもらう。
その他、私が存在しているが故に被害をこうむった数知れぬ人々、また、これからそうなる運命の人々に謝罪しよう。
私がひとひらの支配者として君臨するためには多くの痛みが伴うのである。支配者となった暁には、他地域から資源も知識も人材も芸術も略奪して、ひとひらに利益として還元してみせよう。
ひとひらに感謝を捧げよう。
どこよりも美しい街として発展して、私の両親を、私を、そしてその意志を育んでくれた。その上、私の所有物となってくれるだなんて、どんな褒美よりも尊いことだ。
さて、そろそろ待ちわびていた時間のようだ。
階段を駆け下りる足音が聞こえてくる。

最近のコメント