5-8 爆弾(遥)

 閉鎖されている神林駅の一つ手前、夏影《なつかげ》駅で降りた遙は、一つの重大な真実を前にして制御することの出来ない悲哀と憤怒と憎悪の念を胸の内で燃えたぎらせながら神林駅まで歩みを進めた。
 沙羅から真実を明らかにされたのである。
 三上が母・叶向を自殺に見せかけて殺めたという決して許せぬ真実を。
 また、健人が皆には黙って一人で三上と戦う覚悟だということも。
 彼の力になれるのは遙しかいない、山田の能力は三上の前では全く意味をなさないだろうとも告げられた。もう黙っている訳にはいかない。
 爆発しそうな感情の矛先を三上に突きつけるのだ。
 捨て身の覚悟を決めた人間の力を見くびるな。

 山田が海の教団から与えられていた乳酸菌飲料には、国内未承認で海外でも簡単には処方されない強力な痛み止めが入っていることも沙羅から聞いている。頼んで数日前から飲み始めているが、確かに効果てきめんで体は楽になるし、気分も心地良くなる。
 今日は明らかに用量オーバーの三本を飲んできた。
 夏影駅から神林駅までは郊外ということもあって一区間なのに長いが、薬のおかげで歩くのが全く苦でない。それどころか、漲る力の遣り場に窮する程である。
 健人は神林駅の二番出口から一人で入るので、鉢合わせしないよう一番出口前で待っているよう指示されている。
 到着しても一向に落ち着かない遙は腕時計を確認した。その針は六時五四分を指し示している。健人は七時少し前に入るだろうから、沙羅が来るのは丁度七時くらいになるだろう。
 目の前の神林樹海から漂ってくる、木々や植物、土や苔、多くの存在が入り交じったような捉え所のない香りを、遙は鼻一杯に吸い込んだ。
 この樹海で大好きだった母が殺されたのだ。
 彼女だけではない。
 自殺の名所となっているこの場所では他にも沢山の人々が死んで、また、無尽蔵の生物たちが生死を循環させてきたのである。
 目の前にはそんな途方もなく神聖な土地が広がっているのだという感触を持った遙は、その入口側を向いて黙祷を捧げ始めた。
 お父さん、お母さん、私を守ってください。
 これからお母さんの弔い合戦が始まるよ。
 お父さん、野蛮なことしようとしててごめんなさい。
 健人に頼んで本当に良かった。ここまで真相が明らかになるなんて想像してなかったもの。
 戦いに勝っても負けてもお母さんのところにもうすぐ行くから待っててね。
 お父さん、先立つ親不孝者をお許しください。お母さんと天国からずっと見守るつもりだからね、心配しないでね。
 黙祷を捧げている最中、右肩を叩かれた。振り向くと、凛乎《りんこ》たる表情の沙羅が労いの意味を込めたような微笑を浮かべている。表情に困っている様子だ。
「お待たせ。健人はもう入っていったわよ」
「ありがとうございます。もしもの時には、三上さんに能力を使って良いんですよね?」
「それは私が関与することじゃない。お好きにどうぞ」
 沙羅は素っ気ない表情で冷たく言い放った。
「分かりました。お母さんの仇、何としても取ってきます」
「頑張って。もう健人、殺されてるかもよ。早く行ってあげて」
「はい! 行ってきます!」
 己のわだかまりを押さえつけることなどもう不可能なくらい、遙の意志は若々しくあかあかと燃え盛っている。内面の爆弾の爆破先がもうすぐそこで待っているのだ。
 遙は駅のシャッターを押し上げてその内部をくぐり抜けてから腕を離した。勢い良く落ちたシャッターが耳をつんざくような金属音を響かせている。
 薄暗い駅内で、遙は手すりに頼って階段を駆け下りていった。

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