2-8 誘惑(沙羅)
静謐なロビーで、山田の陽気な笑い声だけがソファから響き渡っている。健人が、山田の顔色がだいぶ良くなっていると指摘した。薬の効果はてきめんのようだ。沙羅にもハイテンションで礼を告げてくる。「沙羅、蓮が話があるってよ」 に…
感じたものについて綴っていきます。
声だけの女
静謐なロビーで、山田の陽気な笑い声だけがソファから響き渡っている。健人が、山田の顔色がだいぶ良くなっていると指摘した。薬の効果はてきめんのようだ。沙羅にもハイテンションで礼を告げてくる。「沙羅、蓮が話があるってよ」 に…
声だけの女
沙羅は山田の猫背を蔑むような目で見て、三上との会話を立ちながら聞いていた。 この男はقوة الله(神の力)の使い手だという自覚も大してない。その能力も麻雀で使う程度だとは宝の持ち腐れにも程がある。こんな弱々しい中年…
声だけの女
心落ち着かせる電球色で灯された、だだっ広い本部一階には清潔感のある受付嬢が一人きり。健人が受付カウンターに腕を乗せて、こちらの要求を突きつける。「どうも。教祖の三上さんと話がしたい」 あまりにも単刀直入な要求に受付嬢も…
声だけの女
準備が出来てマグノリアを出ようとした時、健人の顔がいつもと違うことに山田は気が付いた。 パーマをかけた、肩まで伸びた長髪は普段と変わりない。いつもは、伸ばし続けたもみあげが頬と鼻の下と顎を通って、反対側のもみあげと繋が…
声だけの女
よいしょ、というかけ声と共に、蓮は山田の家から運んできた荷物一式の入っているドラムバッグを持ち上げて自分のベッドの上に置いた。 山田の家はゴミ屋敷と化していて、このまま死なれたら、同居している自分たちがその後処理をす…
声だけの女
ケージを運んできた蓮の叔父がその扉を開けた。 痩せ細った白黒のぶち猫がケージの中で立ち上がり、腕を広げた健人の方へ、そろりと歩み寄っていく。しゃがんだ健人の目の前で歩みを止めた猫の背中を毛並みに沿って撫でる。それが気持…
声だけの女
おおみち動物病院の玄関の扉を開けて、蓮は外へ出た。 外を、というよりも、世界そのものを、蓮の目が暗く捉える。憂うつの時、脳の錯覚なのかは分からないが、確かに世界そのものが暗くなったように見えるのだ。 好天で、かんかん照…
声だけの女
山田を獣医に診てもらう日、早朝覚醒して再び寝付くことが出来なかった蓮は日が昇ってすぐに洗車を始めた。 獣医の叔父にはすでに電話で頼んでおいた。 叔父は外向的で面倒見が良く、そして何より、好奇心が強くて常識にとらわれな…
声だけの女
「山田さーん。着替えと新しい歯ブラシとひげ剃り、洗面台のところに置いておくので、自由に使ってください。ドライヤーも勝手に使って良いので」 分かったという曇った返事が聞こえる。 汚された部屋と湯船に浸かっているだろう山田を…
声だけの女
マグノリア二階の寝室で、ベッドに仰向けになっている寺原杏はスマホで出会い系サイトを覗いている。メールボックスにあっという間に溜まった百件近くのメールを流し見して、文面がまともな男のプロフィールを読む。 雨音が響いてくる…
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